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伐採された「うんげ」の木

2009 年 7 月 6 日 edt01sz
e794bbe5838f-034 「あの木を写真に残しておこう!」亡くなられたハルモニのご自宅前の公園に立つウンゲの木。かわさきのハルモニ、ハラボヂがこよなく愛する木で、4月になると若葉を刈り取って、ナムルにして食べる。ウンゲと呼ばれているが、正式名称かどうかも判らないし、慶尚南道のサットリ(方言)なのか、韓国人留学生に聞いても判らない。収穫時期が4月中旬から10日間ほどしかないのも、人気の秘密なのかもしれないが、遠足で、山にその木を見つめようものなら、観光バスさえ停車させるほど、目の色を変えて探し回る。
 わが街、特に池上町(朝鮮人集住地域)には、そこかしこに植えられている。在日の多くの家庭では、健康保険がなく、西洋医になかなかかかれなかった生活史も手伝って、伝統的な医食同源の食文化が継承され、野草の知識が蓄えられてきた。また、朝鮮の農村育ちの在日一世は、何もない戦中戦後の異国の地で、民族の味を守るため、路地や空き地に唐辛子を植え、ゴマの葉を植えた。生きることに必死で、自らの力にのみしか頼れなかった彼らは、「使われていない」場所を探しては、耕し、土を育て、そこに食べられるものを植えたのである。在日の家庭の前の公園に聳え立つウンゲの木。きっと、「使われていない」ところにハルモニが植え、育て、いつしか立派な木となって、公園が整備される中、公園の木として位置づいたのだろう。「はりきり」という和名の札が、行政によってつけられた。使われてない場所を有効活用したハルモニの実力行使が、立派に公共に同化していて、ひとりほくそ笑む。若い時に、山から持ってきて植えられたウンゲは、何度も収穫祭を迎え、時代の流れの中で、公園の一角を占め、役所によって名札が記された。在日の生活史を現す木を写真に収めようと、6月のある日カメラを持って出かけると、久々に、その娘さんにあった。「虫が食っていたとかいって、役所の人がたった今、切っていったのよ」「え!!」日本の中で辛酸を嘗め尽くす生活を強いられ、それでもどっこい生きてきた在日一世の生活を物語るものが消えていく。私たちの記録化も急がねばならない。
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