1900年代初頭

在日コリアンの生活史を学ぶ 時代の区分

□川崎の街の前史 (~1900年頃) 

遠浅な海、新田開発。葦と水路、沼地の風景 

川崎は、遠浅な海を臨み、江戸時代から埋め立て、新田開発が行われていた。桜本地域は、海岸線にあたり、大島には、貝殻寺と呼ばれる貝塚跡と思われるお寺がある。大藤橋(藤崎クリニック)から桜本商店街通り、水門まで堤があり、桜本堤外耕地と呼ばれ、大島村への海水侵入の堤防の外に位置していた。葦が生え、池や湿地が多く、田からの悪水を海に流す水路が通る風景であった。川崎の南部地域は、梨の栽培などが有名で、イチジクや桃などの果物栽培地への開拓の時期もあった。白黒の写真に写っている人たち

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MAP A-7 大藤橋橋柱 A-8 観音川

  <こぼれ話>桜川

大島八幡神社「大島新田開拓の碑」全文